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| 1976 | エイプリルバンドの前身バンド「フルハウス」結成。 自主コンサート、各種イベント・横浜野外音楽堂(現在の横浜スタジアムがある横浜公園内の一角にありました)コンサート等、活動の幅を徐々に広げていく。 ロックミュージカル「Yah! Morning Come On!」劇中歌制作と、約2か月間に及ぶ出演演奏。 ◆第一期メンバー 加藤 隆之(G, Vo.) 井上 敦夫(Key, Cho.) 吉田 茂生(Bass, Cho.) 鴇田 靖(G, Vo.) 藤村 一清(Drums) 関本 和弘(Drums) 高橋 泉(G.) |
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| 1977 | Drumsの藤村・関本に代わり、「フルハウス」の弟バンド「VEGA」にいた吉浦芳一が加入。加入当時は17歳の高校2年生! 横浜・関内にあったライブハウス「横浜放送局」への出演に加えて、デモテープの制作を始める。 ◆第二期メンバー 加藤 隆之(G, Vo.) 井上 敦夫(Key, Cho.) 吉田 茂生(Bass, Cho.) 鴇田 靖(G, Vo.) 高橋 泉(G.) 吉浦 芳一(Drums) |
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| 1978 | ||
| 1979 | Guitarの高橋 泉に代わり、同じく「横浜放送局」に出演していた「メシア」のGuitar江口正祥が加入。同時にバンド名を「エイプリルバンド」に変更。意味は「4月バカっぽくて面白いじゃん(by 加藤隆之)」。当時の流行語は「スタジオ24」「マコベン」。(身内受け-笑) また、この頃から本格的な楽曲制作が始まり、「EAST WEST」等、ロックコンテストに挑戦。「子供バンド」「アナーキー」などと同期。 ◆第三期メンバー 加藤 隆之(G, Vo.) 井上 敦夫(Key, Cho.) 吉田 茂生(Bass, Cho.) 鴇田 靖(G, Vo.) 江口 正祥(G. Cho.) 吉浦 芳一(Drums, Cho.) |
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| 1980 | 活動を継続しつつも、お互いが別の道を進むためにバンドの解散を決意、解散コンサートを企画。 対バンは、その頃「POPCON」出演等で話題になっていた「きゅうてぃぱんちょす」(後の杉山清貴&オメガトライブ)。そのコンサートを見に来ていた「ビクター音楽産業」のプロデューサーが気に入ってくれてデビューの誘いを受ける。 「じゃあ、やってみる?」と全員の意見がすぐに一致。解散をさっさと取りやめて(早っ!笑)、リハーサルと曲作り・レコーディングに専念する。この時期に出来たのがデビュー曲の「Last Lady」。 |
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| 1981 | 6月21日 ビクター音楽産業より「Last Lady」でメジャーデビュー。 7月21日にはファーストアルバム「From Yokohama City」を発表。 |
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| 1982 | Bassの吉田茂生が脱退。代わって「VEGA」「きゅうてぃぱんちょす」にも在籍していた田口政人が加入、現在のメンバー構成となる。 ◆第四期メンバー 加藤 隆之(G, Vo.) 井上 敦夫(Key, Cho.) 鴇田 靖(G, Vo.) 江口 正祥(G. Vo.) 田口 政人(Bass. Cho.) 吉浦 芳一(Drums, Cho.) |
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| 1982 | スティーリー・ダンの結成に加わった、元ドゥービー・ブラザーズのジェフ “スカンク” バクスターがプロデュースしたアメリカンロックバンド「スニーカー」日本公演のオープニングアクトを務める。 |
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| 1983 | 名曲「Take It To The Limit」の歌声で知られるイーグルスのオリジナルメンバーである「ランディ・マイズナー」日本公演のオープニングアクトを務める。 |
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| 1982- 1983 |
82年後半から83年にかけてレコーディングした楽曲を基に、カセットテープのパッケージをチケットとした自主コンサートを展開する。 82年12月28日「COME ON!」、83年4月1日「RISING」、83年8月20日「ONE TO SIX」 |
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| 2001 | 2000年暮れにレコーディングを開始し、2001年1月にオリジナルCDを発表。 |
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| 2008 | 05月04日 原宿クロコダイルにてサポートメンバーを加えライブを行う。(お客さん超満員!) 06月13日 ホームページとメンバー各自のブログ開設。 07月16日 PC・着うた・着うたフル音楽配信開始。 10月11日 配信記念ライブとして、またまたクロコダイルにてライブを行う。 |
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